「空室」は腐る在庫 - ホテルが価格を変動させる根本理由
ホテルの客室は「腐る在庫」だ。今夜売れなかった部屋は、明日売ることができない。製造業なら在庫を倉庫に保管して翌月に売れるが、ホテルの部屋は「その日の夜」にしか売れない。航空券の座席、映画館の席と同じ性質だ。
この「在庫が腐る」性質が、ダイナミックプライシング (動的価格設定) の根本理由だ。空室のまま夜を迎えるくらいなら、値下げしてでも売った方がいい。逆に、需要が高い日は値上げしても売れる。
ホテルの固定費 (建物の減価償却、人件費、光熱費) は、部屋が埋まっても空いても変わらない。追加の宿泊客 1 人にかかる変動費 (清掃、アメニティ、リネン) は 1,000〜3,000 円程度。つまり、3,000 円以上で売れるなら、空室にしておくより利益が出る。
早期割引の仕組みで解説した航空券のイールドマネジメントと同じ原理が、ホテル業界でも使われている。
料金を決める 5 つの要因
ホテルの料金は、以下の 5 つの要因で日々変動する。
- 曜日。ビジネスホテルは平日が高く、週末が安い (ビジネス客が平日に集中するため)。リゾートホテルは逆に、週末と祝日が高い。曜日別の買い物術と同じで、需要の波に合わせて価格が変わる。
- 季節・イベント。桜の季節の京都、花火大会の日の周辺ホテル、年末年始のリゾート。需要が集中する時期は、通常の 2〜5 倍の料金になることもある。
- 予約のタイミング。一般的に、宿泊日の 2〜4 週間前が最安になることが多い。直前すぎると「足元を見られる」価格になり、早すぎると「早期予約割引」はあるが最安とは限らない。
- 残室数。残り 3 室を切ると、価格が急上昇する。予約サイトの「残り 2 室!」という表示は、価格上昇のシグナルであると同時に、希少性の心理を利用した購買促進でもある。
- 競合ホテルの価格。同じエリアの競合ホテルの価格をリアルタイムで監視し、自社の価格を調整する。AI を活用した自動価格調整システムを導入しているホテルチェーンも増えている。
価格を決めているのは勘ではない - 稼働率と客室単価の綱引き
ホテルの価格は、支配人の勘で決まっているわけではない。レベニューマネジメントと呼ばれる担当部門か、そこに組み込まれた自動化システムが、稼働率と客室単価という 2 つの指標を同時に見ながら決めている。
この 2 つは同時に上げられない。安くすれば稼働率は上がるが単価は落ちる。高くすれば単価は上がるが空室が残る。ホテルが最大化したいのは「稼働率 × 客室単価」であって、どちらか一方の最高記録ではない。満室にした夜が最も儲かった夜とは限らず、単価が最高だった夜も同じだ。
この見方が分かると、直前になっても値下げしないホテルの理由が見えてくる。値下げは今夜の空室を埋める一方で、「待てば下がる」という学習を客に与える。次の予約も直前まで待たれるようになれば、長期的には単価が落ちる。法人契約のレートや、予約サイト間で価格を揃える取り決めと整合が取れなくなる問題もある。空室のまま夜を迎える方を選ぶ判断は、割高な放置ではなく価格の維持だ。
逆に、価格には下限がある。追加の宿泊客 1 人にかかる清掃・リネン・アメニティの費用を下回る価格では、売るほど損が増える。表示価格が下限を割って見えるときは、朝食や部屋の条件が削られているか、比べている中身が違っている。テーマパークの入場料の仕組みでも、同じ「腐る在庫」を扱う商売として同型の価格変動が起きている。
予約サイトごとに価格が違う理由
同じホテルの同じ部屋が、楽天トラベル、じゃらん、Booking.com、ホテル公式サイトで異なる価格で表示されることがある。なぜか。
手数料率の違い。予約サイト (OTA: Online Travel Agency) はホテルから手数料を徴収する。手数料率は 10〜25% と幅がある。手数料率が低いサイトには、ホテルがより安い価格を提供できる。
ポイント還元の違い。楽天トラベルは楽天ポイント、じゃらんは Pontaポイントが貯まる。表示価格が同じでも、ポイント還元を含めた実質価格は異なる。ポイント経済圏を意識して、自分が最も活用できるポイントが貯まるサイトを選ぶのが合理的だ。
公式サイトの「最低価格保証」。多くのホテルチェーンは、公式サイトでの予約が最安になる「ベストレート保証」を掲げている。OTA への手数料を節約できるため、その分を価格に還元できる。会員特典 (レイトチェックアウト、朝食無料など) が付くこともある。
最安で予約するには、複数のサイトを比較した上で、ポイント還元と会員特典を含めた「実質価格」で判断することだ。
同じ部屋でも同じ商品ではない - 表示価格と支払総額のずれ
予約サイトを 3 つ並べて最安を探しても、比べているものが同じでなければ結論は出ない。同じホテルの同じ部屋タイプでも、プランが違えば別の商品になっているからだ。
ずれを生む要素は限られている。
- 税とサービス料。表示価格に含まれる場合と、決済画面で加算される場合がある。同じ画面に内税表示と外税表示のプランが並ぶこともある。
- 宿泊税。自治体によって課され、宿泊料金の水準で額が変わる。予約サイト上での扱いも一律ではない。
- 食事と付帯条件。朝食の有無、駐車場、レイトチェックアウト。素泊まりの最安値と朝食付きの価格を並べても比較にならない。
- キャンセル条件。返金不可プランは、変更と取り消しの権利を手放す代わりに安くなっている。安さの理由が部屋ではなく契約条件の側にある。
比べるときは、検索結果を総額表示に切り替えてから並べるのが早い。サイトによって既定の表示が税別だったり 1 室 1 泊あたりだったりするため、既定のままでは桁が揃わない。人数や泊数を変えたときに価格が比例しないプランもあり、2 名 1 室が 1 名 1 室の 2 倍にならないことは珍しくない。
ポイント還元まで含めて実質価格を出すなら、還元の受け取り時期も条件に入る。宿泊後に付与されるポイントは、次の買い物までは使えない。無料に見えて払っているコストで扱った値札の外側のコストと同じで、条件の違いは価格表示に出てこない。
「もっと下がる」を待つべきか - 待機の損得を分ける 4 つの条件
価格が動くと知ると、次に迷うのは「今予約するか、下がるのを待つか」だ。待てば下がるとは限らない。残室が減れば価格は上がる方向に動くので、待つ行為には値上がりのリスクが常に付いている。
- その日が特別な日か。連休、花火大会、大型イベントの日は、需要が供給を上回った状態が最後まで続く。下がるのを待つ意味は薄い。平常日の平日なら、直前に空室が残って下がることはある。
- 代わりが取れるか。同じエリアに同等のホテルが何軒もあるなら、待って値上がりしても乗り換えられる。1 軒しかない立地や、駅直結など譲れない条件があるなら、待つ余地はない。
- キャンセル無料の期限がいつか。期限まで日数があるなら、押さえたうえで待つのが最も損の小さい形になる。取り消せる予約は、価格を観察する時間を買っているのと同じだ。
- 差額が手間に見合うか。毎日価格を見て取り直す作業に見合う差額かを先に決めておく。割引の数学で扱ったとおり、率ではなく金額で見ると判断が速い。
返金不可プランを選ぶかどうかも、この 4 条件で決まる。日程が動かないと確定していて代わりの候補も要らないなら、キャンセルの権利は使わない権利なので手放してよい。日程に不確実さが残っているなら、割安分は保険料として払っておく方が結果的に安い。返品ポリシーの心理学で扱った「取り消せる安心」の値段と、構造は同じだ。
ホテルを最安で予約する 5 つのコツ
ダイナミックプライシングの仕組みを理解した上で、最安で予約するための実践テクニックをまとめる。
- 宿泊日の 2〜4 週間前に予約する。多くのホテルで、この時期が最安ゾーンになる。早すぎず遅すぎないタイミングだ。
- 火曜〜木曜の宿泊を狙う。ビジネスホテルでも、火〜木は金曜より安いことが多い。リゾートホテルなら平日全般が狙い目だ。
- 複数の予約サイトを比較する。最低 3 サイト (OTA 2 つ + 公式サイト) を比較する。招待コードで予約サイトに新規登録すれば、初回限定クーポンが使えることもある。
- キャンセル無料プランで「仮押さえ」する。キャンセル無料プランで早めに予約し、宿泊日が近づいたら価格を再チェック。より安いプランが出ていれば、予約を取り直す。
- 会員プログラムを活用する。会員ランクの仕組みで解説したように、ホテルチェーンの会員プログラムは上位ランクほど割引率が高い。頻繁に利用するチェーンがあれば、会員登録して特典を活用しよう。
よくある質問
ホテルは宿泊日の何週間前に予約するのが安いのですか?
目安は宿泊日の 2〜4 週間前です。多くのホテルでこの時期が最安ゾーンになります。直前すぎると残室が減って価格が上がり、早すぎる場合も早期予約割引が最安とは限りません。ただし連休や大型イベントと重なる日は例外で、需要が供給を上回った状態が最後まで続くため、早めに押さえた方が安く済みます。
同じホテルの同じ部屋なのに、予約サイトで価格が違うのはなぜですか?
主な理由は 3 つあります。1 つ目は予約サイトがホテルから受け取る手数料率の差で、10〜25% と幅があり、率の低いサイトにはホテルがより安い価格を出せます。2 つ目はポイント還元の違いで、表示価格が同じでも実質価格は変わります。3 つ目は公式サイトのベストレート保証で、手数料が不要な分を価格や会員特典に回せるためです。
「残り 2 室」と表示されたら、すぐに予約した方がよいのですか?
残室数の表示は、価格が上がる方向に動くシグナルであると同時に、希少性を使った購買促進でもあります。実際に残り 3 室を切ると価格は急上昇するため、日程を動かせない場合や代わりのホテルがない立地では、早めに押さえる判断が合理的です。日程に余裕があり同等の候補が複数あるなら、キャンセル無料プランで押さえてから様子を見る方が損は小さくなります。
返金不可の割安プランは選んでよいのですか?
日程が確定している場合に限ります。返金不可プランの割安分は、変更と取り消しの権利を手放した対価です。出張や天候で予定が動く可能性が残っているなら、その差額はキャンセルできる保険料として払っておく方が結果的に安く済みます。判断の目安は、取り消す可能性と、取り消せなかったときに失う金額を先に比べておくことです。
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