「ゴールデンゾーン」- 目線の高さが最も売れる棚
スーパーの棚には「ゴールデンゾーン」と呼ばれる一等地がある。売り場づくりの実務では、床から 110〜140cm 程度、つまり成人の目線から胸の高さにあたる帯を指すのが一般的だ。この位置に置かれた商品は、上段や下段の商品と比べて売上が 1.3〜1.5 倍になるとされる。
人間の視線は自然と正面やや下に向く。棚の前に立ったとき、最初に目に入るのがゴールデンゾーンの商品だ。わざわざしゃがんだり背伸びしたりする必要がないため、手に取りやすい。
メーカーはこのゴールデンゾーンに自社商品を置いてもらうために、スーパーに「棚割り料」(リスティングフィー) を支払うことがある。棚の位置は、メーカーとスーパーの力関係で決まる。大手メーカーの売れ筋商品はゴールデンゾーンに、中小メーカーや PB 商品は上段・下段に配置される傾向がある。
限定品に弱い心理が「入手可能性」を操作するのに対し、棚割りは「視認性」を操作する。どちらも消費者の選択を、企業にとって望ましい方向に誘導する仕組みだ。
エンド陳列はなぜ通常の棚より売れるのか
スーパーの通路の端 (エンド) に設置された特設コーナーを「エンド陳列」と呼ぶ。季節商品、特売品、新商品がここに並ぶ。
エンド陳列の売上効果は大きい。通常の棚に置いた場合と比べて売上が 3〜5 倍になるとされる。理由は単純で、通路を歩くすべての客の目に入るからだ。通常の棚は「その通路に入った客」しか見ないが、エンドは「メイン通路を歩くすべての客」が目にする。
もう一つの理由は、エンドが「通路の切り替え点」にあることだ。客は通路の端で進む方向を選び直す。歩く速度がいったん落ち、視線が正面に固定されるこの一瞬に、大きな面積で一種類の商品が現れる。棚の中で他社商品と横並びになっている状態とは、そもそも比較のされ方が違う。
エンド陳列には「特売品」が置かれることが多いが、実は必ずしも安くない。「エンドに置いてある = お得」という消費者の思い込みを利用して、通常価格の商品をエンドに置くケースもある。ブラックフライデーの真実で解説した「見せかけの値引き」と同じ構造だ。
エンド陳列の商品を見たら、「本当に安いのか」「本当に必要か」を一呼吸置いて考える習慣をつけよう。棚の同じカテゴリまで数歩戻れば、比較対象はすぐ見つかる。
置き場所で売れ方はどれだけ変わるか
ここまでに出てきた倍率を、同じ物差しで並べてみる。基準は「通常の棚に置いた場合」で、そこから何倍に伸びるかを帯の長さで表した。
帯の長さは、最も効果が大きいエンド陳列の 5 倍を 100% としたときの比率 (幅がある場合は上限で換算)。倍率はいずれも本文で挙げた目安で、店の立地や商品カテゴリによって変わる。
並べてみると、同じ棚の中で段を上げて得られる差と、売り場そのものを移して得られる差は桁が違う。メーカーの営業がエンドの確保に力を入れるのは、棚の位置を一段動かすより効果が大きいからだ。
ただし、この倍率が示すのは「売れる」ことだけで、買う側の得とは無関係だ。エンドに移した瞬間に中身が良くなるわけではない。倍率が表しているのは、置き場所を変えるだけで人の選択がこれだけ動くという事実であり、動かされている側から見れば、自分の判断がどれだけ売り場の設計に依存しているかの目安になる。
逆に言えば、視線を上段・下段まで落とすだけで、この倍率の外側にある選択肢が見えてくる。そこに何が置かれているかは、商品の良さとは別の理由で決まっている。
棚割りを決めているのは誰か
棚のどこに何が並ぶかは、店員がその日の気分で決めているわけではない。多くのスーパーには「棚割り表」(プラノグラム) と呼ばれる設計図があり、カテゴリごとに、どの段のどの位置に何列置くかまで決まっている。
この設計図を作るのは店側だが、材料を持ち込むのはメーカーと卸だ。販売データを分析して「この商品をこの位置に置けばカテゴリ全体の売上が伸びる」という提案を作り、店に持ち込む。カテゴリ全体の売り場づくりを任される立場になったメーカーは、自社に有利な配置を通しやすくなる。最初の節で触れたリスティングフィーは、この交渉の一部を金額に置き換えたものだ。
店側にも譲れない事情がある。棚は有限で、売れない商品を置き続けると、その面積で稼げるはずだった売上を失う。だから定期的に売れ行きの下位商品を外し、新商品や PB 商品と入れ替える。棚から消えた商品は「品質が悪かったから」ではなく「その店のその棚では回らなかったから」消えていることが多い。
つまり棚割りは、メーカーの提案力、店の売上計画、そして自社 PB を伸ばしたいという店側の思惑が折り合った結果だ。買い物客が見ている棚は、その交渉結果を並べた掲示板のようなものだと考えると、目に入る順番の意味が変わってくる。
買い物カゴの大きさ、BGM、通路の幅 - すべてが計算されている
スーパーの店内設計は、消費者心理の研究に基づいて細部まで計算されている。
買い物カゴの大きさ。大きなカゴを渡されると、人は無意識に「もっと入れなければ」と感じる。カゴが大きいほど購入点数が増えるという研究結果がある。カートはさらに効果的で、カゴよりも購入金額が 30〜40% 増加する。
BGM のテンポ。ゆっくりした BGM が流れている店では、客の歩行速度が遅くなり、滞在時間が長くなる。滞在時間が長いほど購入金額が増える。逆に、混雑時にはテンポの速い BGM に切り替えて回転率を上げる店もある。
通路の幅。メイン通路は広く、サブ通路はやや狭い。狭い通路では歩行速度が落ち、商品をじっくり見る時間が増える。
入口に野菜・果物を配置する理由。多くのスーパーは入口に青果コーナーを配置する。色鮮やかな野菜や果物は「新鮮さ」「健康」のイメージを与え、買い物のスタートをポジティブな気分にする。「健康的な買い物をしている」という自己認識が、その後の菓子やアルコールの購入への罪悪感を軽減する。
レジに並んでいる数十秒も売り場である
買い物の最後に通るレジ前は、店内でもっとも通過人数が多い場所だ。ここに並ぶのは、ガム、電池、栄養ドリンク、菓子、雑誌といった小さくて安い商品が中心になる。
この配置には二つの狙いがある。ひとつは、待ち時間に生まれる手持ち無沙汰な数十秒を、商品を見る時間に変えること。もうひとつは、買い物の締めくくりで判断力が落ちている状態を使うことだ。売り場を回るあいだに何度も「買うか買わないか」を決めた後では、小さな出費に対する抵抗が弱くなる。
レジ前の商品は単価が低いので、1 点足しても支出は大きく動かない。効くのは回数だ。毎回の買い物に小さな 1 点が加わる習慣になると、積み上がった年間の金額は、レジ前で感じた印象よりずっと大きくなる。まとめ買いの罠と同じで、1 回の判断としては小さすぎて記憶に残らない支出が、集計した時点でようやく見えてくる。
対策は単純で、レジに並んだら財布かスマホに視線を落とす。手と目の行き先が決まっていれば、棚を眺める時間そのものがなくなる。
スーパーで無駄遣いを防ぐ 4 つのコツ
棚割りの仕組みを知った上で、無駄な買い物を防ぐコツをまとめる。
- 買い物リストを作って持っていく。リストにないものは買わない。スマホのメモアプリで十分だ。限定品に弱い心理への最も効果的な対策と同じで、事前に決めたルールに従うことが衝動買いを防ぐ。
- カートではなくカゴを使う。カートは購入金額を増やす設計だ。手で持つカゴなら、重さが「もう十分」というブレーキになる。
- 上段・下段の商品もチェックする。ゴールデンゾーンには利益率の高い商品が並ぶ傾向がある。同じカテゴリの PB 商品や大容量パックは、上段や下段に置かれていることが多い。100 円ショップの原価の秘密で解説したように、PB 商品は NB 商品と同等品質で 20〜40% 安いことがある。
- 空腹時に買い物しない。空腹状態では食品の購入量が 20〜30% 増えるという研究結果がある。食事を済ませてから買い物に行くだけで、無駄な食品の購入を減らせる。曜日別の買い物術と組み合わせれば、さらに効果的だ。
よくある質問
ゴールデンゾーンに置かれている商品は、そのカテゴリでいちばん良い商品なのですか?
必ずしもそうではありません。棚のどの位置に置くかは、商品の良さではなく、メーカーの提案力や販売実績、店との取引条件によって決まります。棚割り料を負担して置いてもらう例もあります。売れ筋が置かれることは多いので「多くの人が買っている商品」の目安にはなりますが、「自分にとって最適」や「同じ品質でいちばん安い」を意味するわけではありません。同じカテゴリの上段・下段まで見て、値札に併記された単位あたりの価格を比べてから決めるほうが確実です。
上段と下段では、どちらを先に見るとよいですか?
どちらにも別の意味があります。下段は大容量パックや PB 商品が置かれやすく、単位あたりの価格が安い候補が見つかります。上段は新しく取り扱いが始まった商品や、店として押し出す優先度が高くない商品が入りやすい場所です。常備品やまとめ買いなら下段から、目新しさを探しているなら上段から見るとよいでしょう。どちらの場合も、値札の単位あたり価格を見比べるのがもっとも確実な判断材料になります。
カートではなくカゴを使うと、本当に支出は減るのですか?
買える量に上限ができるという点で効果があります。カートは重さを感じないため購入金額が増えやすく、手で持つカゴなら重さがそのままブレーキになります。ただし、必要な量が多い日に無理をしてカゴで済ませる必要はありません。目的は我慢そのものではなく、予定していなかった商品を足す余地を減らすことなので、買い物リストと組み合わせて使うのが現実的です。
ネットスーパーやアプリでの買い物には、棚割りのような仕掛けはないのですか?
形を変えて存在します。画面上部の枠やおすすめ欄は、実店舗のゴールデンゾーンやエンド陳列と同じ役割を果たします。検索結果の並び順や「よく一緒に買われている商品」の表示も、選択を誘導する設計です。実店舗との違いは、店では全員が同じ棚を見るのに対し、画面では購買履歴に応じて人ごとに並びが変わる点です。対策は同じで、探しているものを先に検索し、おすすめ欄から買い足さないことが基本になります。
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